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なぜ憤りを感じたか

某超時間テレビの何がいけないかって、好きな芸能人の障害・病気の表面的な情報を知っただけで満足してしまう点ではないか。
なんか言葉の意味について調べてたら、どうしてもその番組に行きあたってしまっていたけど、それはあんまり関係ないなぁと感じた。

成人・未成年関係なく、偽善より投票が大事だなと。
せーじとやらはむつかしいけれど、それや現行法律を知らなければ、なぜ苦しんでいるのかわからないと思う。
もちろん某超時間テレビの出発点も「差別」だったのだと思う。いや、そうだと思いたい。
でも、日本人とやらはどうもせーじに疎い。興味がない。

今回の選挙も、福祉を守る・発展させるというせーじにはならなさそうだけれど、超時間テレビからでも投票からでも少しでも考える機会になればいいのかもしれない。
考える機会にすらなってないなら、「失敗」だと思う。

>障害があると金がかかると思っているのが悲しい


という発言を見たけど、金がかかるんじゃないんです。現行法だとマイナスになる、が多いのではないでしょうか。その悲惨さを知らないだろうから、余計悲しいです。医療費で破産する人がいるんですよ。

募金もいいかもしれないけれど、健常者だろうと障害者だろうとプラスの生活を保つためには変えるしかないです。悲しいことですが。

つまり、超時間テレビ否定派も踊らされることなく、せーじを考えたり、とーひょーしたりすべきかと。
その後で批判してください(苦笑)

番組をやめさせることよりも、国民一人ひとりの意識ってのはやっぱり大事だな。
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